中小IT企業のSEが、会社とサッカーチームと恋人との時間を行き来する、日常世界を描いた小説です

トップページへ

第61話

前へ  次へ

「私は、ハルちゃんのパス、すごく好きだよ。何て言うんだろう……誰も思いつかない、すごい答えを出してるみたいな感じで」
「そりゃ、どうも」
「この前の試合でも、パスが出た瞬間、みんな足を止めて見入ってた」
「見入ってた……は、ちょっと違うんじゃねぇか?」
「見入ってたの。それだけきれいなパスだったの」
「でも、ゴールにはつながらなかった」
「もう、どうしてそうネガティブなことしか言えないの? 褒められたんだから、素直に受け入れればいいのに」
「これは性分なんだ。諦めてくれ」
「いや、諦めない。それなら直して。そういうふうに言われると、褒めたほうの気分が悪くなる。私に合わせてくれるんでしょ?」
「褒めたほうの気分が悪くなる……たしかに、そうだな。気づかなかった。ありがとう」
 ディフェンスラインから出したスルーパスは、黎明大学の選手たちの間を抜けて、伊沢の前に出た。伊沢がボールを受けると、ミックとナッシーも走り出した。
 点を取らなければならない黎明大学は、全体的に前がかりになっていた。伊沢の前に相手選手は、ディフェンスの2人しか残っていなかった。失点のピンチは、一転して追加得点のチャンスになった。
 伊沢は、ドリブルで駆け上がった。残っていた相手に十分に近づいたところで、ミックの前のスペースにボールを蹴った。
 ミックは、相手ディフェンスの裏へ走り、目の前にキーパーしかいない状態でボールを受けた。もう1点を奪う絶好の機会が生み出された……と思ったが、主審の笛が鳴った。オフサイドの判定だった。
 パスを出した時点で、ミックの前には相手選手がいた。だから、オフサイドではない。ミスジャッジ。伊沢は主審に抗議したが、審判の言うことは絶対だ。もちろん判定は覆らなかった。相手ボールとなり、得点のチャンスは幻となった。
 まぁ、こういうのは、プロの試合やワールドカップでもあること。ましてや、草サッカーレベルではより高確率で、遭遇することになる。それに、俺たちもオフサイドではないように見えただけで、確証があるわけではない。これも含めてサッカー。仕方ない。そう、なかなか思うようにならないからこそ、なかなか止められないんだよな。
「俺もあれが通った瞬間は、すごく気分よかったんだよ。でも、結果にはつながってないし、いつまでも変に引きずらないように、自分を抑えたかったんだ。そうしないと、また変な気を起こして、できない夢を追いかけるようなことをしたくなってしまうから……。だけど、唯華がしっかり見てくれていて、そう言ってくれるのは嬉しいよ。ありがとう」
 俺は、もう一度、ありがとうを重ねた。
 唯華は「うん」と頷いた。

サッカーライターになりたい!―サッカーマスコミを目指す人たちへ

前へ  次へ

inserted by FC2 system