第04話
翌々日。俺は仕事を定時で切り上げ、隣町の河川敷グラウンドまで車を走らせた。毎週水曜日は、俺のサッカーチーム、クロワッサンズの練習日となっている。平凡な日常生活にささやかな刺激を求めて、俺たちはグラウンドに群がっている。 河川敷グラウンドにはまだ誰も来ていなかった。今日は俺が一番乗り。多分、チームメイトの中で俺が一番鬱憤をため込んでいる、ということだ。 一昨日の問題は、思いのほか根が深いものだった。昨日から色々な先輩に聞きまくっているのだが、ロジックの組み方が根本的にまずかったようで、回答に行き着いたと思っても、すぐに別の問題が生じるという悪循環から抜け出せないでいる。手を止めて考え込むことが多くなり、今日は俺に対する陰口も聞いてしまった。 「あいつ、ちゃんと仕事してんのか」 もちろんこんなこと、長くは続かない。所詮、一過性のもの。『普通』が戻ってくるまで聞き流せばいいだけだ。だが、理屈でわかっていても実践できないから、今こうしてグラウンドに逃れてきているのであって。 今頃、「昼間何もやってなかったくせに」とか言われていそうだが、ここにいる限りそれは絶対に聞こえてこない。ジャージに着替えて無人のピッチに出た俺は、車から取り出したサッカーボールを思い切りゴールに蹴り込んだ。 そのまま一人で、夕闇の中ボールと戯れる。まるでサッカー漫画の一場面。翼君になった気分でいたところに、チームのキャプテン伊沢和敏が、自転車に乗ってグラウンドに現れた。 「三倉さん、今日は早いですね。いつもは時間ぎりぎりなのに」 「今日はうまい具合に仕事が切りのいいところまで進んだからね」 俺は余裕ある姿を取り繕った。 クロワッサンズは、俺が通っていた佐賀岡大学の工学部サッカーサークルが母体となっているチームで、学生と社会人が半々といったところだろうか。 キャプテンは佐賀岡大学の4年生が務めることとなっている。伊沢も例外ではなく、来年からは東京の企業で働くことが決まっている、工学部の大学4年生だ。 社会へ出ることに不安を感じてでもいるのだろうか。最近の伊沢はことあるごとに、「社会人も大変ですね」と言う。今日は俺のほうが早かったが、ここ一月ぐらいは、いつも彼がグラウンドに一番乗りになっているとか。 ここは心の老廃物を取り除く場で、早く来るやつほど、不安や悩みのガス抜きを必要としている。だからこそ、実はうまくいってなくてさ……、などと口走るわけにはいかない。きついリアルを持ち込むのは、一発退場ものの反則。暗黙のルールだ。 「パス、しましょうよ」 そう声をかけてきた伊沢に、俺は「おう」と短く応えた。 クロワッサンズが照明を点けていられるのは、練習開始の夜7時から2時間と決まっている。まだ時間前。ボールがよく見えない空の下で始まった、2人だけのパス交換。だがそこに少しずつ人が加わっていき、練習が始まる数分前には、メンバーはマネージャーを含めて全部で17人となった。今日の出席率、約80%。集まりはいいほうだ。 「じゃ、そろそろ始めましょう」 携帯電話で時間を確認してから、伊沢は練習開始を告げる。グラウンドの照明に、明かりが灯された。