中小IT企業のSEが、会社とサッカーチームと恋人との時間を行き来する、日常世界を描いた小説です

トップページへ 

第05話

前へ  次へ

 まずは2人でペアを組み、ウォーミングアップを兼ねたパス練だ。俺はチームのエース、花菱充に声をかけた。
「充、やろうぜ」
 俺は返事を待たずにパスを出す。充は「あいよ」とともに、ダイレクトでボールを返してきた。
 俺が大学4年生の時、チームのキャプテンだった彼は、今は某自動車系列の会社で働いている。中学卒業後は高校ではなく工業高専に進み、佐賀岡大学には工学部電子機械科の3年生として編入してきた彼。学歴からは、研究室に引きこもって、本気でガンダムをつくっているオタク研究者すら想像できてしまうが、充にそんな怪しいオーラは全然ない。
 というか、むしろ逆だ。全然知らない人間にも気さくに声をかけられる、ある意味日本人離れしたやつだ。初めて俺に話しかけてきた時もそうだった。俺が3年生になった4月、つまり充が編入してきたその月に、俺がいた文学部の校舎に現れていきなり
「ねえねえ、サッカーやってたって聞いたんだけど、俺のチームに入ってくんない? 人数がやばくてさぁ」
 最初は、何だこいつ、と思った。そもそも、俺がサッカーをやっていたなんて情報、誰から仕入れたんだ? だが、適当に断ろうとすると、充は「サッカー部じゃないんでしょ? だったら……」と、しつこく勧誘してくる。困った顔をされ、断りにくい状況に追い込まれる。
 結局、俺はその場でクロワッサンズに加入したのだった。
「今年もあと2試合だね」
 充は、ボールと一緒に会話をパスしてきた。俺がチームに入った頃から参加していた、サッカーの佐賀岡市市民リーグ。全12チームのリーグで、現在はこれまでで最高の4位につけている。あと1つ順位を上げられれば入賞。商品として、リーグのスポンサーとなっている市内の焼肉屋から、何円分だったかの食事券をもらえることとなっている。
 俺は「そうだね」とつい気のない返事をしてしまった。
 どうも、仕事のことが頭から離れない。充とのパスよりも、プログラムのロジックを組むことに意識が行ってしまっている。頭が固い仕事人間にはなりたくないと、チームメイトに公言していたのはどこのどいつだ? これでは立派に余裕のない仕事人間ではないか。我ながらつまんねーやつ。
「優勝はちょっと無理っぽいけど、あと2つ、きっちり勝とうよ」
「ああ」
 また、相手の足元に正確すぎるパスを出してしまう。俺は思わず小さく舌打ちしたが、充はそれに気づくことなくボールを返してきた。

股旅フットボール

前へ  次へ

inserted by FC2 system