中小IT企業のSEが、会社とサッカーチームと恋人との時間を行き来する、日常世界を描いた小説です

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第35話

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「お疲れです」
「お疲れさまです」
「今日は集まり悪いみたいだけど、人数は大丈夫?」
「今日になって、仕事で狩野さんが来れなくなったんですが、ギリギリ集まる予定です」
 伊沢は、神経を尖らせた口調で応えた。
 狩野泰史は、チームで最もボールコントロールに長けたメンバーだ。中学生のときには、県の選抜チームに選ばれたこともあったんだとか。クロワッサンズでは、主にトップ下のポジションで、得点のチャンスを生み出す役割を果たしている。試合展開によってはボランチに入り、適切にボールを散らすこともできる。ボールの扱いが上手いだけじゃなくて、戦術眼がいいんだよな。プレーに華やかさはないのだが、置かれた状況に合わせて臨機応変に対応できる、おそらくは玄人好みのプレーヤーだ。
 俺と同じ業種の会社に勤めている彼。激務のプロジェクトに入ったらしく、ここ1ヶ月は、練習にも試合にもまったく顔を出せていなかった。それでも来てくれれば大きな戦力になるのだが……まぁ仕事なら仕方がない。メシを食っていくための用事で、突然都合がつかなくなることはある。忙しい時期ならなおさらだ。俺たちは学生じゃないんだ。
 でも、学生の伊沢は、当てにしていたらしく、カリカリしている。
 気持ちはわからなくもない。相手が相手だから、頼りたくもなるだろう。でも普通に考えて、出欠確認したときには行けると応えたのかもしれないけど、しばらく練習に参加できていなかった狩野を当てにするのは、明らかに間違いだって。 社会人の俺は、余計なことは言わずに黙っておく……あぁ、でも学生と社会人は違うなんて見下そうとしている俺も、十分イライラカリカリしているのか。我ながら、ちょっと情けないな。
「今日はどんな形でいく?」
 俺は、ゲームプランだけを聞いてみた。

終わらぬ「民族浄化」セルビア・モンテネグロ (集英社新書)

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