中小IT企業のSEが、会社とサッカーチームと恋人との時間を行き来する、日常世界を描いた小説です

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第31話

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 車を40分ほで走らせると、海に着いた。
 佐賀岡市の郊外に位置する、海水浴場の駐車場。
 夏はそれなりに人が集まってくるが、海水浴のシーズンが過ぎたな肌寒い夜には、俺たちのほかに誰もいないようだ。俺のジムニー以外の車は、一台も見当たらない。
 駐車場の階段を降りていくと、砂浜に出られる。俺は、そこに一番近いところに車を停める。柵越しに、目の前には孤独な海が広がっている。
「どうする? 浜に出てみるか?」
 車中に流れている音楽を消して、唯華に聞いてみる。結局ここに来るまで、沈黙を消すのに、カーオーディオの力に頼りきってしまった。
「まだ出なくていい。でも、少しだけ窓を開けて、エンジンは切って」
「わかった」
 俺は、言われたように、車の窓を少し開けてからエンジンを切る。波の音だけが、ひんやりとした夜風に乗せられて、微かに耳に届くようになる。
「唯華、今日はごめんな」
 俺は、ようやくそう言うことができた。
「何のことを謝っているの?」
「今日の練習前のことだよ。伊沢とボールを蹴っているときに……」
「何で謝っているの?」
 唯華は、俺の台詞を遮って、畳みかけてきた。
「何でって……きついこと言って、気分悪くさせたと思ったからだよ」
「あぁ、そのことはもういいわ」
 唯華は、感情のない声で、真っ直ぐ前を向きながら応えた。
「本当は、自分が悪いことをしたなんて思ってない。私が怒ったから謝っているだけ。違う?」
「違うよ」
 俺は咄嗟にそう返す。咄嗟に返すのだが、考えてしまう。肯定できないが、そうかもしれない。顔色をうかがっているだけなのかもしれない。唯華の言葉に、俺の思考は鷲づかみされる。
「そう……もういいわ」
 唯華は、やはり前を向いたままそう言う。漆黒の世界をぼんやりと眺めていた。

奥の超細道 芸文MO (GEIBUN MOOKS 855号)

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