中小IT企業のSEが、会社とサッカーチームと恋人との時間を行き来する、日常世界を描いた小説です

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第09話

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 ミニゲーム1試合目は、伊沢の2人抜きゴールで蹴りがつき、俺たち『さん』の出番が回ってきた。
 少し長引いたゲームとなったため、『いち』の面々はやや消耗気味。休憩時間を与えないよう、すぐにコートへ出てボールを真ん中にセットする。
 真田も俺たちに合わせてくれた。いたずらっぽく微笑みながらホイッスルを吹く。
 ピィィ。試合開始。
 姑息なやり方? 何を言う、当然の手段だろ?
 野島からボールを受けた俺は、まだ準備が整っていない『いち』のゴールへミドルシュート。が、伊沢がつま先でほんの少しコースを変えて、コーナーへ逃げる。不意打ちクラッシュ失敗。我ながらいいところに蹴ったと思ったんだけど、そんなにうまくはいかないか。ま、次はこっちのコーナーキック。チャンスはまだ続いている。みんながゴール前に群がるのを尻目に、俺はこっそり密集から離れてボールを要求する。
「三倉さんにもついて! また打たれる!」
 伊沢の声が響き渡った。
 先制点はやはり『さん』だった。俺たちは毎日運動しているプロではない。普段は社会人をやっているおっさん候補生。ミニゲームが連戦になるだけでも、スタミナ上の問題が出てしまう。そんな相手を完全に崩して、きれいにゴールだった。
「ナイッシュー!」
 最後にボールに触れた麻生由雄の周りに、祝福の輪ができる。食品会社の営業をしている彼は、3ヶ月ほど九州に出張していたため、今日は久しぶりの顔出しとなった。少し照れくさそうに頭をかく。俺にまで嬉しさが伝播してくる。
 だが、そんな俺たちをえげつなく引き裂こうとする小悪魔が1匹。伊沢だった。ボールを小脇に抱えてコート中央へ走る。キョロキョロと周囲の様子をうかがう仕種が、限りなく不審者に近い。
「おい、狙われてるぞ!」
 慌てて自陣ゴールへ引き返す俺。だが、ボールを置いた伊沢は、その直後に躊躇うことなく特大ループシュート。ボールは俺の頭上を越えて、バウンドしながら空っぽのゴールへ向かっていく。キックオフゴール。伊沢はガッツポーズ。俺は、真田主審に救いを求める眼差しを向けてみたが、彼女はニコッとしてからホイッスルを高らかに吹き鳴らした。
「お前、そこまでして勝ちたいか」
「三倉さんだっていきなり打ってきたじゃないですか」
「あれは走れなくなった社会人の特権だって。だいたい、お前はドリブラーだろ? 走ってなんぼじゃん」
 伊沢は涼しい顔をつくった。
「三倉さん、心配しなくたって大丈夫ですよ。フリーキッカーの座は狙ってませんから。うちのナンバーワンキッカーは三倉さんですから」
 俺は何も言い返せなかった。伊沢のゴールに軽くジェラシーを覚えていたことは、完全に見透かされていた。伊沢は、どうぞ、とばかりにコート中央にボールを置く。『いち』の面々は同じことをされないよう、声をかけ合いながら、ゴールへのコースを切る壁を形成する。
 ただでさえ、パイロンを立てて作ったゴールだ。普通のサッカーゴールに比べればサイズは小さい。とてもゴールを狙える隙間はない。
 いや、あるにはあるのか。最近流行りの、ブレてから急激に落ちる無回転ボールを蹴れれば……、腰を痛めるまで練習したわりには成功率10パーセントほどのあの変化球を使えば、奴らの顔を歪ませられるかもしれない。可能性は極めて低い。だが、思いついた以上、プライドにかけて挑戦せねばなるまい。

こんなフリーキックはイヤだ

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