中小IT企業のSEが、会社とサッカーチームと恋人との時間を行き来する、日常世界を描いた小説です

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第08話

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 伊沢はパイロンを並べ終えると、「集合!」とメンバーを呼び集めた。そして、みんなが輪になって集まったところで、「今日は3チームつくりましょう」と言ってから、「いち」と左を見ていった。伊沢の左隣にいた充は「に」、そのまた左隣にいた俺は「さん」、で次はまた「いち」に戻り、輪を一回りした時点でチームが決定する。
「じゃ、最初は『いち』と『に』で試合やりましょう」
『さん』の俺は順番待ち。ホイッスルが吹かれてもマイペースでいられる俺は、すぐ脇に転がっているボールを、右足で左足のかかとに載せて、その瞬間、背中越しにボールを蹴り上げるテクニック――ヒールリフトをしようとして……失敗した。何だか最近は失敗ばっかだな。歳をとると、テクまで落ちるもんなのか? 俺はリトライしてみたが、やはり失敗。もういいや、やめとこ。俺は大人しく、普通のリフティングに切り替えた。
「なーにカッコつけようとしてたのよ」
 だがそれも、後ろからの声に止められた。よりによってこいつに見られていたとは。いつもミニゲームが始まった頃にやってくる、役立たずマネージャー、設楽唯華だった。
「一昔ならともかく、今じゃそんなんやったって、誰も見てなんかくれないって」
 見るからに知能が低そうな、コギャル風の彼女。なのに、サッカーのことはそれなりに知っていて、言うことが適度に的を射ているから性質が悪い。
「そんな小技より、ハルちゃんに必要なのは走り込み。ボールを蹴るのはさりげにちょっと上手なんだから、もっと走れるようになれば、それこそ黄色い声援も増えるかも……なんだけどなぁ」
「別に、誰かに見てもらいたくてやってたわけじゃねぇよ」
「うそばっか。ハルちゃんの彼女の私にはわかる。ハルちゃんてばクールなようで、実はかなりの目立ちたがり屋なんだから」
「あのさー、ことあるごとに俺の彼女、彼女っていうの、やめてくんない? まじめに」
「えー、どうして? いいじゃない、事実なんだから」
「だから、そういうんじゃなくて……」
 言いかけて、俺は言葉を飲み込んだ。これ以上ない不毛な争いをしていることに気づいたからだ。そもそも、何の話をしてたんだっけ? こいつと話していると、よくこんな事態が生じてしまう。
「そうじゃなくて、なーに?」
「いや、何でもない」
「あ、またいきなりクールを決め込む。何なの、いつもいつも」
「俺はこういうやつなんだ。あきらめてくれ」
 俺はリフティングをし始める。
 唯華は「つまんないやつね」と口を尖らせた。

高校サッカー 心を揺さぶる11の物語

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