中小IT企業のSEが、会社とサッカーチームと恋人との時間を行き来する、日常世界を描いた小説です

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第06話

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 会話がはずまないままパス練は終わった。次のメニューは『1対1』。伊沢はパイロンを両手に抱え、その準備をし始めた。
 名前のとおり、少し距離を置いて向かい合った二人の一騎打ち。攻め側は相手をかわして、持っているボールを並べられた2本のパイロンの間に流し込めば勝ち。守り側はボールを奪った後、攻め側のメンバーが待機している場所までドリブルで持っていけば勝ち。負けたほうは罰ゲームとしてスクワット10回が科せられる。
 このチームでは、主にサイドバックをやっている俺は、守り側のスタート地点となる、2本のパイロンの脇で列をつくった。
「じゃ、いきまーす」
 充の彼女兼マネージャー、真田優子のホイッスルを合図に、最初のマッチアップが始まった。去年加入した快速ストライカーで、充や伊沢と同じ工学部のタイ人留学生ミック。俺と同じタイミングで充にスカウトされた、理学部出身で俺と同い年のボランチ、野島光。リーグで得点王争いをしているミックはもとより、野島も数字の上では目立たないが、攻守の起点として本当に頼れる存在だ。こいつのパスカットには、今年だけでもチームは幾度となく助けられている。
 そんな2人の一騎打ち。ミックはホイッスルと同時に勢いよく飛び出していった。スピードに乗ったまま、相手の目の前でワンフェイク入れて、置き去りにする――ミックお得意のプレーだ。だが、野島も当然そのことは知っている。相手に対して半身に構えた彼は、サイドステップしながら少しずつ下がっていき、ミックに抜き去るタイミングを計らせない。一発で抜く間合いを逃してしまったミックは、ボールを止めて野島と対峙した。
 相手の動きの読み合いが始まる。ミックはボールをまたいで揺さぶりをかけるが、野島はまったく動じない。すると、ミックは斜め前にボールを蹴り出して、強引に突破を図った。だが、野島はその刹那、ミックとボールの間に体を割り込ませる。ボール奪取。完全に相手の動きを読んでいたようだった。そのままミックを押さえながら反転した野島は、攻め側のスタート地点まで一直線。バランスを崩されて出遅れたミックも、全速力で野島を追いかけるが、あと1歩届かなかった。
 真田は決着を告げるホイッスルを鳴らした。そして「ミックはスクワット10回だからね」と、敗者にはきっちりと釘を刺す。しかも、タイ人に対してまったく容赦のない日本語で。いや、ミックはちゃんと理解できるんだけどさ。
 幼さを残す可愛い顔をしている彼女に、あんたは負けたのよ、と言われるのは、あまり気分のいいことではない。ミックは、言われなくてもわかってるよ、とでも言いたげに、腰に手をあてて苦笑いしてみせてから、スクワットし始めた。
「じゃ、次いきまーす」
 ピィー。ホイッスルが吹かれ、俺の番が回ってきた。相手は伊沢、か。俺はドリブルしてくる彼と向かい合う形で身構えた。
 伊沢も、いわゆるドリブラーだ。サイドでボールを持つと、だいたい相手陣内に切り込んでいく。そのスタイルは、ミックとはまた違う。スピードにものをいわせて一気に突破していくのではなく、タイミングよく相手の逆を突いてかわしていく。取れそうで取れない、独特のリズムを持つドリブル。
 伊沢は、足の裏でボールを転がしながら距離を詰めてきた。俺は、腰を落として伊沢がしかけてくるのを待つ。下手に足を出すと、うまい具合に抜かれてしまう。こいつが相手のときは、とにかくよく見て動かなければならない。
 伊沢は、俺の目の前で、ボールの上に足を乗せて立ち止まった。一見すると隙だらけ。だが、取りにはいかない。おそらく伊沢は、俺が先に動くのを待っているのだ。その手には乗らない。
 こちらに動く意思がないことを見て取ったか、伊沢は右に向かってドリブルし始めた。相手の前にスペースを与えないよう、俺も伊沢についていく。
 反対方向に切り返してきた。ドリブルのスピードも上がる。だが、俺も反復横とびの要領で踏み止まってからすぐに追い、マークを外さない。瞬発力ならこっちが上。少し反応が遅れても、十分挽回できる。
 俺を振り切れなかった伊沢は、もう一度切り返した。俺も、それに合わせて反対方向へ注意を向ける。が、次の瞬間、ボールが股の間を通る。伊沢は体だけ逆方向に向け、ボールは正面に軽く叩いていた。それがわかった時には、もう手遅れだった。虚を突かれた俺は、どうすることもできず、駆け抜けていく伊沢をただ見送るだけだった。
 ピィー。
「三倉君はスクワット10回ね」
 はい……。ものの見事に抜かれてしまい、負け組となった俺は、大人しく罰ゲームに取りかかった。

俺たちの地域リーグ 〜サッカーなう〜

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