中小IT企業のSEが、会社とサッカーチームと恋人との時間を行き来する、日常世界を描いた小説です

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第58話

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 梅木が、偶然入ったゴールを狙ったプレーだったと主張していたこと。
 普段は辛口の野島が、黎明大学戦の戦いぶりについて、チームを褒め讃えていたこと。
 その一方で、後半の狩野の戦術修正はあまり効果なかったと、さりげなく切り捨てたことを受け、狩野がさりげなくショックを受けていたこと。
「ウンコマン万歳!」「ウンコマン帝国に栄光あれ!」
 由雄が、梅木からいじられ役になるための教育を受けていたこと。
 新加入の小野塚さんのフルネームは小野塚浩史で、実は3児のパパだったこと。
 同じく新加入のナンは、酒が入ったら「サッカー、タノシー!」と奇声を上げ始め、しばらくしたら口を押さえてトイレに駆け込んだこと。
 周りがはしゃいでいる中、ナッシーはアルコールの魔力にやられて、ひっそりと眠りの国に旅立っていたこと。
 ミックと島が、そんな彼を突いて遊んでいたこと。
 そんなことを話しているうちに、海に着く。今日は会話が途切れることがなく、カーオーディオには出番が回ってこなかった。
 先週来たときと同じ場所に、ジムニーを停める。海が視界に広がる。どこまでも続く優しい闇は、今日もゆったりとした時間を生み出している。
「すごく楽しかったんだね」
「まぁな。あ、そうそう、伊沢が書いていた卒業論文の途中成果、研究室の教授に誉められたらしいよ。今日は終始ご機嫌だった」
「そっか。伊沢くん、頑張ったんだね」
「あぁ。でも、あいつはしっかりしてるから、大丈夫だとは思ってたけどな」
「ハルちゃんもしっかりしてると思うよ」
「俺がしっかりしてる?」
 謙遜でも何でもなく、全然自覚していなかったことを言われたので、思わず聞き返した。
「うん、しっかりしてると思う。だって、しっかり自分を持ってるから。自覚してないかもしれないけど、周りからはそう見られると思うよ」
「そんなもんかねぇ」
「そんなもんよぉ」
 唯華は、そう言ってコーラを一口飲む。
「だから、自由の人」
 彼女は、ペットボトルのキャップを閉めるとそう言った。

NEWジムニーブック―1970~2007

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