中小IT企業のSEが、会社とサッカーチームと恋人との時間を行き来する、日常世界を描いた小説です

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第55話

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「そう? どっちかというと、助かった、じゃない? 俺、後半は全然走れてなかったし」
 島が、ナッシーの言ったことに反応する。
 黎明大学戦は、後半開始直後こそ、梅木のラッキーパンチで士気が高まったが、徐々に足が止まっていき、終盤はカウンターを狙う余力も完全になくなり、前半以上に支配される展開となった。
 島と一緒で、俺もスタミナ切れを露呈してしまった。やっぱりね、おじさんは若い子と同じペースでは走れないのよ。
 それでも、狩野がディフェンスラインに下がることで、かろうじて守備の統制は保った。しかし、7番のドリブル突破から、最後は8番に決められてしまった。同じ攻め方を繰り返されて、強引にこじ開けられた。彼らの攻撃には連動性もなければ意外性もなかったが、格下相手に負けられないというプライドは、ゴールへの執念という理屈では計算できない要素を生み出していた。
 その後も攻められる時間が続いたが、それ以上の失点は防いでドロー決着。ここでもぎ取った勝ち点1が効いて、リーグ最終順位は3位。この店の食事券5000円分をゲットできたので、ここで宴会を開催するに至っている。
 黎明大学の連勝記録を止めるにあたっては、ゴールポストとゴールバーに幾度となく助けられた。だから俺も、惜しかったというよりは助かった、だよな。感覚的には。
「今回はたまたま引き分けたけど、やっぱ強いよ。あれでまだ主力がそんなに出てないわけだし」
「いやいや、たしかに、相手はベストメンバーじゃなかったかもしれないけど、こっちだって人数ギリギリで、万全じゃなかったぜ? たまたま引き分けたってのはちょっと違うんじゃね?」
 ビールを飲んで顔を赤くした野島が、島の見解に反応する。
「チーム全体でうまく守っていたと思うよ。俺たちの守備が機能していなかったら、相手の10番は引っ込まなかったはずだしさ」
 おぉ、と感嘆の声が上がる。サッカーに対しては、厳しい目を向けがちな野島だ。酒が入っているとはいえ、彼が控えめな意見を押し退けて、肯定的なことを言うのは珍しい。

異世界居酒屋「のぶ」

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