第53話
だが、その流れは長くは続かない。
やがて、狩野に対して黎明大学の注意が集まり始める。露骨なマンマークはつかないが、狩野の動きに相手は敏感に反応している。狩野へのパスコースが、複数人によって遮断される。
一時的に回ったパスも、司令塔を経由できなくなることで、途端にぎこちなくなってしまう。
梅木が、島へのバックパスを8番にカットされた。自陣の深いところへのパスを奪われた。一気に失点のピンチとなってしまう。
ボールを奪った8番は、島のマークを難なくかわして、ゴールを向く。この時点で、キーパーの充と1対1。島が追いつく前に、8番は右足を振り抜いた。
ガンッ！
シュートは勢いよくゴールポストに当たり、跳ね返ったボールが、俺の足元に飛んできた。
近くにいた7番が、プレッシャーをかけに来る。
俺は、ボールを危険な場所から遠ざけようと、大きく蹴り出そうとしたが、その瞬間、パスコースが見えてしまった。
7番の股下を通すと、狩野の包囲網を擦り抜けて、伊沢の前にあるスペースに出る。
俺は、そのパスコースに沿って、ボールを蹴る。今の状況ではやってはならない、リスクの高いパス。理屈ではわかるのだが、考えるより先に体が動いてしまう。
ボールは、7番の足の間を抜け、狩野をやんわりと囲んでいた黎明大学の選手たちの間を抜け、伊沢の前に転がっていった。
フィールド上の全員の足が止まる。時間が一瞬止まる。
「ナイスパス！」
刹那の空白の後、狩野が声を上げた。
伊沢は、慌ててボールを追う。ミックも反応して、左サイドを駆け上がる。
フィールド上の時間が、再び動き出した。
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