中小IT企業のSEが、会社とサッカーチームと恋人との時間を行き来する、日常世界を描いた小説です

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第52話

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 キックオフと同時に、黎明大学の両サイドハーフ、7番と8番が駆け上がってきた。
 点を取りたくて仕方がない。
 プレーが単調で守りやすくはあるのだが、その気迫は十分に怖さを感じさせる。
 俺は、右サイドをえぐるように上がってきた7番を、視界から逃がさないように警戒する。
 交代したばかりの6番が、長身のフォワード、15番を目がけて浮き玉のパスを出した。
 15番は、野島にマークされながらも、胸でトラッブしたボールを足元に収めて、小野塚さんと俺の間のスペースに蹴る。
 7番は、小野塚さんを振り切ってパスを受け、俺に向かってきた。俺は、簡単に抜かれないように、突進してくる彼との間合いを気をつけながら、距離を詰める。足を伸ばせばボールに届くところまで接近する。
 7番は、俺に背を向けたかと思ったら、次の瞬間には回転ドアのように体をまた反転させて、するりと俺のマークから逃れていった。
 マルセイユ式ルーレット。
 フランス代表のエースとして、一時代を築いたジネディーヌ・ジダンがやっていたことで有名になったフェイントだ。 くっそ。警戒はしていたのに、あっさり抜かれてしまった。俺も、クロワッサンズの中では、こういう局面での守備は決して下手なほうではないと思うのだが。個人技の高さは、やはり認めざるを得ない。
 だが、7番の突破はそこまでだった。狩野がディフェンスラインまで戻り、フォローに入ってくれていた。ボールを奪い、小野塚さんに一度預けてスペースに走り、すぐにまたボールを要求する。ワンツーでパスを受けると、今度はミックにパスを出す。
「俺に戻して!」
 指示のとおり、ミックは、マークが寄ってくる前に、狩野にボールを返す。
 今度は、左の梅木にパスを回す。
「梅木さん、後ろっす!」
 パスを受けた梅木は、後ろにいる島にボールを下げる。ボールはそこから野島、俺、狩野、ナン、狩野、小野塚さん、俺、充、野島、俺、狩野、ナッシー、梅木、島、狩野と回っていく。全部狩野の指示どおり。
 さすが狩野。やっぱり狩野。彼がいるだけで、ボールキープができるようになっしまっている。
 いつの間にか、一方的に攻められる試合が、しっかりと攻守がある、まともな試合になっている。

ジダン 物静かな男の肖像

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