中小IT企業のSEが、会社とサッカーチームと恋人との時間を行き来する、日常世界を描いた小説です

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第51話

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 試合が再開される前に、黎明大学の選手交代が告げられた。
 相手の監督に、10番が呼ばれる。
 10番は、顔をしかめながらベンチに引き上げていく。満足できるプレーをさせてもらえなかった。それが滲み出ていた。
 代わりに入った6番は、ボランチのポジションについた。
 クロワッサンズも、このタイミングで選手交代だ。ウンコマン由雄に代わって、狩野が入る。
 由雄は、顔をしかめながら、ベンチではなくトイレのほうへ小走りで向かう。「若干ウンコしたいかも」が「すぐにでもウンコしたい」にレベルアップした。それが滲み出ていた。
「伊沢くん、ちょっとポジションいじらない?」
 狩野は、フィールドへ入ると、すぐに伊沢に声をかけた。
「ほとんど試合を見れてないから違うかもだけど、伊沢くん、10番を見てたでしょ? そいつが抜けて6番が入ったから、ちょっと上がり目になって、6番についてみてよ。で、俺がボランチに入って、由雄さんがやっていた右サイドには、えーっと、あの、名前わかんない人に入ってもらう。そんな感じでどう?」
 狩野は、小野塚さんを指差しながら言った。
「そうすれば、あんまりゲームプランを変えなくて済むよね。相手は黎明大学だし、うちって、思いきりカウンター狙いなんでしょ?」
 狩野は、淀みなく戦術の仕様変更案を展開する。たしかに、言っているとおりだ。10番が退いたわけだから、このままだと伊沢の役割が宙ぶらりんになってしまう。多少のてこ入れは必要だ。狩野案を採択すれば、伊沢はマークする相手が変わるが、やることは変わらない。小野塚さんも、ポジションは動くことになるが、やはりやることは変わらない。役割に関して迷わずに済むわけだ。こう考えると、相手がエースを下げることには、俺たちの目標を見失わせる意図もあったのかもしれない。
 狩野本人も言っていたように、試合を見ている時間なんてほとんどなかったはずだ。なのに、そのアイディアにバグは見当たらない。すげーな。やっぱ頼りになるわ。
「よし、それで行こうぜ」俺が狩野案に乗ることを示すと、伊沢も「わかりました」と頷いた。
「小野塚さん、右サイドに入ってください」
 伊沢の声に、小野塚さんも頷いてから右サイドへポジションを移す。
 こちらも準備が整った。そうなった時点で、ホイッスルが吹かれた。

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