中小IT企業のSEが、会社とサッカーチームと恋人との時間を行き来する、日常世界を描いた小説です

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第49話

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 ピ、ピィィ。
 主審が、ゴールを認めるホイッスルを吹く。
 GOAL。
 ボールがゴールへ入ったのは、幻ではなく現実だった。
 驚愕のロングシュート。絶対に狙ったプレーではない。何せ、打った本人が、固まってしまっているからな。 でも、間違いなくゴールは認められた。喜んでいいはずなんだ。俺は、自分にそう言い聞かせてから声を張り上げた。
「梅木さん、ナイッシューです!」
 少し遅れて、歓喜の輪ができあがった。
 伊沢が、ミックが、ナッシーが、島が、梅木に駆け寄り、次々と背中や尻を叩いて手荒く祝福する。
 おいおい、そんなにはしゃいだら、また野島に喝を入れられるぞ……と思ったが、野島も梅木のほうへ走っている。勢いそのままに、梅木にヒップアタックを食らわせる。1点目のときはクールを決め込んだくせに、2点目のときは一番はしゃいでいる。そりゃねーぜ。気持ちはわからなくもないけどさ。意外性抜群のシュートには、完全に虚をつかれてしまった。いやはや、梅木将軍、恐れ入りました。絶対狙ってなかったはずだけど。
「梅木さん、すげーっす。スーパーゴールじゃないっすか!」
 ベンチから久しぶりに聞いた声がした。直前になって不参加を表明したという、狩野だった。
「今日、仕事って聞いたんだけど、大丈夫なの?」
 俺は、狩野に聞いてみる。
「そうだったんすけど、試合の人数もギリギリって聞いてたんで、迷ったんすけど、体調不良で休んじゃいました」
 狩野は、軽いノリでサラッと言ってのけた。
「え、それ、マジで大丈夫?」
「だーいじょうぶっす。だいたい、俺に仕事投げすぎなんすよ。狩野にしかできない、とか言って、重い処理の設計、みんな俺に来るんすよ。やってらんねーっす。俺もつぶれることを知らしめたほうがいいんす」
 狩野は、仕事の不満をぶちまける。
 彼と同じソフトウェア業界で働いているから、何となく状況は想像できる。つらいよな、苦しいよな。でも要するに、狩野は仕事ではかなり頼られている存在だということだ。捉えようによっては、自慢話になっているのだが、本人はきっと気づいていない。
「しばらくボール蹴ってないから、戦力になるかわからないすけど、代わってほしかったら、言ってくださいね!」
 狩野は、すぐにでもフィールドに出たいという気持ちを出しながら言った。

ボールピープル

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