中小IT企業のSEが、会社とサッカーチームと恋人との時間を行き来する、日常世界を描いた小説です

トップページへ

第43話

前へ  次へ

「ナイッシュー!」
 クロワッサンズから、歓喜の声が上がった。
 ミックは、ナッシーの頭を叩いて祝福する。そこに、最初にボールを奪いに行った小野塚さんが加わる。もうすっかりチームの一員として溶け込んでいる。
「ナッシーさん、サンキューです!」
 伊沢も、声を張り上げる。
 いやぁ、狙ってはいたけど、ここまでうまくいくとは思わなかった。しかも、決めたのはナッシー。正直、試合をするとなると、俺の中では戦力というより人数合わせに近い存在だった。足元にボールが転がってきたのは、たまたまなのかもしれないが、それはチャンスをものにできる場所に走っていた結果だ。全然ボールを蹴る技術がないからといって、過小評価していたと言わざるを得ない。サッカーは、ボールを上手に蹴ることができる、ボールを柔軟にコントロールできる……だけではないんだよな。むしろ、あったほうがいいけれど、必ずしも必要ではないものだ。足元の技術のない代表クラスの選手だっている。考えてみれば、すぐに気づくことなのに。反省。
 でも……繰り返しになりますが、この死んだふり作戦、考案者は私、三倉榛人でございます。ですので、とても心地よかとです、ハイ。
「はいはい、まだ試合終わってないよ」
 野島は、手を叩いてチーム全体に声をかけた。ひたすら耐えて、初めて見出だしたチャンスを得点に結びつけた。そのことを飛び跳ねて喜ぶ俺たちに、警戒を促している。
 おっとっと。たしかに、そのとおりだ。黎明大学は、すでに陣形を整えて、ギラついた雰囲気を発散させている。気を引き締めないと、すぐにやられてしまいそうだ。
 俺は、ボールがセットされたセンターサークルに目を向けて、彼らからのキックオフに備えた。

おれは最後に笑う サッカーが息づく12の物語

前へ  次へ

inserted by FC2 system