中小IT企業のSEが、会社とサッカーチームと恋人との時間を行き来する、日常世界を描いた小説です

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第41話

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 前半の25分が経過した。
 試合は、ほとんど自陣の中でボールが動く展開になっている。まぁ要するに、ピンチの連続。シュートは、もう10本以上打たれているだろうか。うち2つは、キーパーと相手が1対1の状況という、決定的なものだった。しかし、スコアだけを見ればまだ0-0。ゴールラインは破られていない。攻められっぱなしの中、失点に至っていないのは、キーパーの充が、ファインセーブを連発しているからに他ならない。
 8番が、ドリブルでディフェンスラインに切り込んでくる。強引に中央突破を狙ってきたようだが、野島はドリブルしてきた相手とボールの間にうまく体を入れて、ピンチの芽を摘む。ボールをキーパーの充に下げる。安全第一の選択だ。
 充は、ダイレクトでボールをクリアする。味方にパスをつなぐなんて考えは一切なし。一時しのぎで危機を脱する。
 この試合に関しては、俺たちはこの一時しのぎばかりだ。だが、この繰り返しは、徐々に俺たちにリズムをもたらしているのかもしれない。
 たとえば、さっきドリブルで突っ込んできた8番。二度の決定機をいずれも阻止された彼は、自分でゴールを決める気持ちが悪い方向に出ているようで、プレーが単調になっている。ドリブルだけで、まるでパスを回そうとしない。結果、対処しやすくなっている。
 10番も、伊沢に密着マークされて、今のところ、思うようにボールに触れていない。何度も伊沢に視線を向ける彼の表情には、苛立ちがありありと浮かび上がっている。
 このまま耐えていれば、押されっぱなしの中にも、チャンスが生まれると思いたいところだ。
 充が大きく蹴ったボールは、黎明大学のディフェンス陣の手前に落ちた。ボールはバウンドして、彼らの頭上を越えていく。
 ディフェンスの一人が、ボールを追う。こちらから攻める姿勢を感じていないからだろうか、その彼はこちらを振り返ることなく、ジョギングでボールを取りに行く。
 チャンスと見たのか、新加入の小野塚さんが、その彼に猛然と向かっていった。

導かれし者 流浪のストライカー、福田健二の闘い (角川文庫)

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