中小IT企業のSEが、会社とサッカーチームと恋人との時間を行き来する、日常世界を描いた小説です

トップページへ

第40話

前へ  次へ

 伊沢の役割は、黎明大学の一番の危険人物、10番をマンマークすることだ。ボールを持っていようがいまいが、とにかく付きまとって彼の自由を奪う。自分のサッカーの楽しみを犠牲にして、相手のエースのそれも奪う。完全な汚れ役だ。
 10番は、ボールを15番の足元に返す。それと同時に、前へ走る。伊沢も、彼を並走するようにして追う。10番は、密着されている状態ではボールをもらえないと思ったようで、足を止める。伊沢も足を止める。
 15番は、左サイドの8番にパスを出した。応対した梅木は、いつものようにすぐに足を出すことなく、ボールを持った相手の様子を見ている。
 いい感じっすよ、梅木さん。そのまま続けて……と思ったところで足を出してしまった。サクッと抜かれてしまう。見慣れた残念な光景。梅木は後ろから8番を追う。
 8番に対して、島も向かう。
 スピードに乗った8番は、島が距離を詰める前に、ドリブルのコースを少しだけ変えて、勢いにまかせた突破を仕掛けてきた。 並みの選手なら、ここで突破を許したのかもしれない。でも、島の足の速さ――正確には、トップスピードに至るまでの加速は並みじゃない。チーム1どころか、リーグ1かもしれない。「100m走のタイムはそんなによくない」らしいが、サッカーで必要なのは、20〜30m走の速さだ。学生時代は部活には入らず、バスケを遊びでやっていた程度だったという彼。もしサッカーをやっていたら、快速ウイングとして活躍できたに違いない。
 島は、相手8番とボールの間に体を入れる。ボール奪取成功。彼は、野島にボールを回す。しかし、野島の近くには、相手の15番がいた。ボールを奪い返しに、野島に向かってくる。ディフェンスライン上での、危険なパスとなってしまう。島のサッカー経験は、決して豊富ではない。ボール奪取したまではよかったが、それから慌ててしまったようだ。その後のプレーの選択は、まずかったと言わざるを得ない。
 野島は、受けたボールを俺に回す。ボールとともに、15番も向かってくる。こっちサイドにいた7番も近づいてくる。火が点けられた爆弾をバケツリレーで渡されてきたような気分だ。そんな危険なものは、さっさと排除しなければ。
 俺は、相手が来る前に、思い切りボールを蹴り上げる。クリア。ボールは高らかと舞い上がった。

夢からはじまる―車椅子のサッカーコーチ

前へ  次へ

inserted by FC2 system