中小IT企業のSEが、会社とサッカーチームと恋人との時間を行き来する、日常世界を描いた小説です

トップページへ

第28話

前へ  次へ

 ルックアップすると、遠い場所で完全にフリーとなっている梅木が目に入った。
 由雄が俺と梅木の線上にいるが、股下を通せば問題ない。伊沢も近いところにいるが、ギリギリ届かない。
 直感的に、パスコースが脳裏に描かれる。その瞬間、俺はパスを出す。本能的に体が動く。すると、思い描いた軌道で、梅木の足元にボールが届く。
「ナイスパス!」
 野島の声が、フィールドに響いた。
「やられるときはどんなディフェンスをしてもやられる」
 野島には、こんなふうに言ってもらえたこともあったっけか。このチームでは主にサイドバックをやっているが、俺が一番得意なのは、こういう一撃必殺のスルーパスだ。
 こういうプレーは、いつもできるわけではない。閃かないときは閃かない。でも、今みたいに閃いたときは、たとえ相手がプロだったとしても、決定的なパスを出すことができる。そんな根拠のない自信がある。事実、海外で俺のプレーに金を出してくれたチームは、この部分を……。
 思いかけて、俺は思考を停止させる。
 いやいや、それはもう考えてはならないことだ。今はこのフィールドだけを見ていなければならない。
 ボールを受けた梅木は、ナッシーにパスを回そうとしたが、伊沢にカットされた。また、俺たちのディフェンスが始まる。
 俺が出したパスは、何の状況改善にもつながらなかった。

組織(チーム)で生き残る選手 消える選手(祥伝社新書)

前へ  次へ

inserted by FC2 system