第26話
「じゃ、始めます」 伊沢はそう言うと、高らかとボールを蹴り上げた。 今日は、マネージャーの真田は欠席。充曰く、仕事で抜けられなくなった、とのこと。雰囲気を和らげるホイッスルもない。 落ちてきたボールを、野島が足元でトラップした。試合開始。野島は、俺にパスを出した。 ボールを受けた俺は、パスの出しどころを探す。最初に目についたのは、ナッシーこと、梨本正文だった。 佐賀岡市役所の職員である彼は、昨年にクロワッサンズに加入するまでは、サッカー経験なしだった。それゆえに、足元の技術は乏しいと言わざるを得ない。だが、どんなにミスをしても、とにかく楽しんでプレーする。彼の明るく朗らかな性格は、人に好かれるものだと思う。 俺は、ナッシーにボールを渡す。もう一度パスを受けられるように、スペースへ走る。 彼はトラップしてからパスコースを探し始めるが、プレーの選択に迷ったようだ。ボールを足元に置いたまま、立ち往生してしまう。 伊沢がボールをかっさらう。近くにいた充にパスを出す。充は、ダイレクトでフリーの状態となっていたミックに、ボールを渡す。 そのミックに対して、チームの最古参となる梅木勝が、プレッシャーをかけにいく。 佐賀岡大学で一年先輩だった梅木も、大学に入学して、このチームに加入してからサッカーを始めたので、より小さいときからサッカーボールに触れていたメンバーと比較すると、技術的な部分ではどうしても見劣りしてしまう。 だが、もともと陸上の中距離走をやっていた彼の運動量は、チームで一番だ。相手にプレスをかけても軽くいなされることはよくあるし、トラップミス、パスミスも多い。プレーの効率は悪いのかもしれないが、泥臭くボールを追う姿、俺は好きだ。というより、チーム全員に好かれている。だから、チームのいじられ役として、抜群の存在感を放っている。 梅木は、ミックの足元にあるボールめがけて足を伸ばす。ミックは、ボールを足裏で転がして、簡単にかわす。 梅木は、諦めずにもう一度タックルにいく。でも、やっぱりかわされる。バランスを崩した梅木は、思いきり尻餅を着いてしまう。 ちょっとコミカルな姿。いつもの雰囲気なら笑いが発生しそうなところだが、今日はない。完全なガチンコモードだ。 ミックは、スペースに走っていた由雄にパスを出す。相手側のボールキープが始まる。