中小IT企業のSEが、会社とサッカーチームと恋人との時間を行き来する、日常世界を描いた小説です

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第24話

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 水曜日の夜。パスターズの練習。
 今週は仕事が順調に進んでいたので、抱え込むものが何もない状態での練習参加となった。
 だから、今日は一番のりではなかった。俺がグラウンドに着いたころには、もう10人ぐらいが姿を見せていた。
 俺は、ストレッチをしながらグラウンドを眺めてみる。一人黙々とゴールに向かってボールを蹴っている、伊沢の姿が目についた。
 ゴールにボールを蹴り入れて、取りにいく。これをひたすら繰り返している。シュートやフリーキックの練習をしている様子ではない。ペナルティスポットの辺りから、ただ思いきりボールを蹴っているだけにしか見えない。人を寄せつけないオーラを発している。
「伊沢、一緒にボール蹴ろうよ」
 俺は、孤独と戯れている彼に声をかけてみた。
「はい、いいっすよ」
 伊沢は、面倒くさそうに応えた。
 パス交換を始める。お互い声をかけることなく、ボールだけを行き来させる。何も知らない人が見たら、雰囲気の悪さを感じるかもしれない。でも、とりあえずこれでいい。無理に会話をする必要はない……と思っている。
「ちょっと、そんな黙り込んだままボール蹴ってて楽しい?」
 そこへ唯華がズカズカと入り込んできた。彼女がグラウンドに姿を現すのは、基本的にミニゲームが始まる辺りだから、今日は無駄に早い。
「ひょっとして、何も話さなくともわかりあえる……とかいうやつ? そんなのダメよ。気色悪い」
 気色悪い俺は、とりあえず無視して伊沢にボールを蹴る。伊沢もボールを蹴り返す。だが、伊沢は唯華を何度もチラ見する。気になって仕方がないようだ。あぁ、面倒くさい。
「いいじゃねぇか、別に」
「よくない。こんな重苦しい空気、私は求めてない」
「お前が求めている、いないは関係ねぇよ」
「このチームにも合わない」
「そんなときだってある。いつも自分たちのサッカーができるわけではない」
 俺は腕組みしてみせる。
「それこそ関係ないわ」
 唯華は引き下がらない。俺たちのほうへ、さらに数歩近寄ってきた。
「伊沢くんもそう思わない? 今みたいな感じでボール蹴っていたって、つまんなくない? やっていて気持ちよくなれないはずよ」
 矛先が伊沢に向く。おい、余計なことするな。さらに面倒くさくなる。
 ここは心の老廃物を取り除く場で、きついリアルを持ち込むのは、一発退場ものの反則。唯華が言っているのは正論だ。俺だってそう思う。けれど、その正論に当てはめた行動は、いつも簡単にできるとは限らない。やんわりと冗談めかして言ったつもりだったが、それが理解できないのか?
「楽しくなるのはこれからなんだって。今はアップ中なんだ。楽しく怪我なくやるための準備をしている段階なんだから、口出しするな」
 面倒くさい。うるさい。それが前面に出てしまい、思わずきつい口調になってしまった。
「そうですか。私なんかが入り込む余地がないぐらい、ラブラブなんですね。伊沢くんがうらやましいわ。ハルちゃんに気遣ってもらえているみたいで。私なんか、いつも適当に扱われるのに」
 唯華が言ったことに、俺は少し引っかかるものを感じた。
「いいわ、もう何も言わない。好きにすればいいじゃない」
 唯華は、俺たちから離れていく。フィールドの外に出て、携帯をいじり始める。引っかかったものはそのままだが、俺に何か言い返す猶予は与えられなかった。
 えー、まぁいわゆる、つまらない喧嘩というやつになるのでしょうか。意地を張るわけではないが、別に謝る必要はないと思うから、とりあえず放置。言われたように、適当に扱ってはいないか? いいじゃん、別に。いつでも自分たちのサッカーができるわけではないのだ。
「伊沢、ボール蹴ろうぜ」
 俺は、返事を待たずに伊沢の足下をめがけてボールを蹴る。伊沢は少し戸惑った素振りを見せたが、ボールを蹴り返してくる。
 俺と伊沢は、再び夕闇の中でボールを行き来させ始めた。

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