中小IT企業のSEが、会社とサッカーチームと恋人との時間を行き来する、日常世界を描いた小説です

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第23話

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 会社の第1会議室から出た俺は、モヤモヤとしていた。
 半年ごとに行われる、課長との評価面談。
 俺の上長となる久米田課長から言い渡された評価はA。いわゆるプラス査定というか、最高評価だった。
 意味がわからなかった。俺がつくったプログラムはバグが多くて、ソースが読みにくいと多々言われる。つい最近も、思い切り泥沼にハマってしまったことがあった。そんなわけで、自己評価ではマイナス査定だったのだが、久米田課長曰く
「仕様ミスの発見とその解消、さらに使い勝手などの改善案も出しながら、プログラム製造をしている」
「その上で、計画以上の量の仕事を文句を言うことなくやりきっている」
 上の立場の人から見ると、とても助かる存在なのだそうだ。
 俺としては、ただロジックを組んでいて、おかしいと思ったことを言っていただけなんだけど……まぁ、たしかに結果として仕事が増えたこともあったけどさ。そういえば、この前面倒な状態になったのも、そういう余計な指摘がきっかけだったかも……。
 でも、やっぱりA評価には違和感がある。それと、拒否反応もある。万が一、出世してしまっていったら、仕事の責任が大きくなって、面倒なことがたくさん降りかかってくる。それは避けたい、という気持ち。
 でも、今回の査定は冬のボーナスにも反映される。A評価だと、たしか0.4ヶ月分が上乗せされる。
 ちょっとした優越感。裕福な心理状態。
 少し先の話になるが、クリスマスにはほんの少し唯華に贅沢させてやれる。不意に、昨日一緒に寝た女の笑顔が、脳裏に描かれる。
 ちょっとした幸福。認めざるを得ない。
 色々な感情が差し込んでくる。ちょっとよくわからない。
 ただひとつ言えそうのは、A評価という結果で、こうも揺さ振られてしまう俺は、ちっぽけな男だということだ。
 自分の席に戻る。ディスプレイのロックを解除する。
 仕事に戻る前に、俺が今のプロジェクトでつくったプログラムのソースを目で追ってみる。
 うん、我ながら冗長でわかりにくい。見事なまでに、スパゲッティと揶揄されるソースとなっている。
 プログラミング知識が豊富な先輩社員、高田さんのソースを眺めてみる。
 コンパクトにまとまった、きれいなソースとなっている。俺にはやっていることが理解できない部分もあるが、それは俺の知識が追いついていないからなのだろう。
 こういう技術は、たくさん種類がある上に、進歩が速い。ある開発技術に慣れてきたと思ったころには、よりよい新しい技術が生まれているなんてことは多々ある。あるプロジェクトを通じて身につけた開発技術が、次に配属されたプロジェクトではまったく使えないなんてことも多々ある。常に新しい技術の吸収が求められる。
 あぁ、何だか気が重くなってきた。このままだと、簡単なことも難しく考えるようになってしまいそうだ。
 俺は、今現在、単体テスト完了に向けて進めているプログラムだけをディスプレイ上に表示した。スケジュールでは、明後日が完了予定となっている。とりあえず、目の前にある仕事をこなすまでだ。

会社じゃ言えないSEのホンネ話 (幻冬舎文庫)


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