第22話
「そっか、ごめんなさい。たしかにおっしゃるとおり、少し考えごとしてました」 「どんなことを考えてらしたの? きっと私ごときにはおよびもつかないような、難解なことをお考えになっていたのでしょうね」 唯華は、皮肉たっぷりに敬語で言う。 「難しいかどうかはわからないけど……試合に勝つことの意義、とでも言えばいいのかな」 「ふーん……どうして今そんなことを考えてらしたの?」 「いや、お前、今日はすごく機嫌いいじゃん。ぶっちゃけ、試合の勝ち負けなんてどうでもよくて、楽しければそれでOKだと思ってたけど、俺らがやってるような草サッカーの勝ちにも、それなりに意味があるんだなぁって」 「試合に勝つと嬉しい。気分がよくなる。そんな当たり前のこと、今さらしみじみ思うことでもないでしょ?」 「まぁ、そうだけどさ」 「なら、考えるのは終わりにする」 「はい」 「もうこれ以上、ハルちゃんのわからないところを増やさないで」 「俺のわからないところを増やす?」 俺はおうむ返しする。思わぬ台詞だった。 「何、俺にはそんなにわからない部分が多いってこと?」 「うん、たくさんある」 「たとえば?」 「たとえばとかじゃなくて、全体的にぼやけてる感じ」 「何だよ、それ」 「あ、強いて言うなら……」 唯華は考え込むようにして、車の窓の外に顔を向ける。 「ハルちゃんって海外でプロサッカー選手やってたことあったんでしょ? そのときの話が聞きたい」 「プロサッカー選手……」 俺は言葉を濁さずにいられなかった。 「まぁ、金はもらってたから、一応、そうなるのか」 「アジアとか南米とか、旅して回ってたんでしょ? 野島くんから聞いたよ」 「結局、一番長くいたのはタイだったと思う」 「そうなんだ」 「練習しているところにアポなしで行ってテストを受けさせてもらって、ダメなら次、運良く合格できればチームと契約してしばらくそこでプレー。けど、プロって言っても、草サッカーの延長上のものだったし、別におもしろい話でもねぇよ」 「十分おもしろそう。聞きたい」 唯華は窓の外を見たまま言う。さっきまでの機嫌のよさは、微塵も感じられない。あまりよろしくない雰囲気になっている。 「気が向いたときにな」 けれど、俺は唯華に合わせない。気が向いたとき……それがいつになるかは俺にもわからない。 「はいはい、わかったわ」 唯華は、それを最後に何も話さなくなった。 目的地のラブホには、沈黙を保ったまま到着してしまった。 空いている部屋を探して、車を停める。車から降りる。 ワンルームワンガレージの空間は、意図して人気を完全に遮断する。そんな利用者への配慮が、今は逆に、居心地の悪さに拍車をかけているように思えてしまう。 だが、唯華は俺の腕に寄り添ってきた。何事もなかったかのように、俺の彼女を演じる。 俺も、唯華の彼氏を演じればいいだけのようだった。何となく貸しをつくったというか……まぁ、感謝したい気持ちにさせられる。だから、いつもよりうまく彼氏を演じられるように心がけた。