中小IT企業のSEが、会社とサッカーチームと恋人との時間を行き来する、日常世界を描いた小説です

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第16話

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 決勝の相手は由雄か。仕事の都合で、今シーズンは練習にも試合にもあまり顔を出せていなかった。今回キーパーになってしまうのは、かわいそうな気がしないでもない。
 しかし、俺もやりたくない。負けてやるつもりなどない。社会とは厳しいものなのだ。
「最初はグー、じゃんけんぽん! あいこでしょ! あいこでしょ! あいこでしょ!」
 今日のキーパーが決まった。
 俺だ。
 由雄は、ドヤ顔で親指を立てる。
 いやほら、由雄は久しぶりの試合だから負けてやったんだって。実は少し遅出しして、由雄が勝つようにしたんだって。
 そんなことを言ってやりたい気持ちが込み上げてきたが、止めておく。代わりに、由雄と同じように親指を立てて、無意味に何度も頷いてみせた。
 俺は、一度脱いだ長袖のジャージを、もう一度ユニフォームの上に着る。チームにキーパー用のユニフォームはない。各自のジャージがその代わりだ。グローブは、一応チームで用意してある。エアーサロンパスだとか、チームの備品が入っているスポーツバッグから取り出して手にはめる。
 急造キーパー完成。多少ボールを受けたほうが、より完成度は高くなるのかもしれないが、それはどうせ微々たるもの。俺は、何もボールに触れないままピッチに立った。
 ピィ〜。まるで俺のやる気を暗示するかのような、イマイチ締りのないホイッスルが吹かれた。
 主審は、大敗を喫したばかりの素人集団、ビギナーラックスの一人。多分、試合を裁く技量も……だが、それは仕方ない。これがこのリーグのルール。これが草サッカーだ。
「さぁ、行きましょう!」
 伊沢は、メンバーを鼓舞するように手を叩いた。
 ピッチのすぐ外で整列して、審判団に続いてピッチに入る。センターラインを挟んで、相手チーム、エルフシュリットと向かい合う。
 その時点で、あれ? と思った。

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