中小IT企業のSEが、会社とサッカーチームと恋人との時間を行き来する、日常世界を描いた小説です

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第15話

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 この時間にやるのは、主にシュート練習となる。まずはセンターサークルとペナルティエリアの中間ほどに集まった『シュート組』の一人が、ペナルティエリアのライン上にいる『ポスト組』にパスを出す。『ポスト組』は『シュート組』がシュートを打ちやすいように、丁寧にパスを返す。で、キーパーのいないゴールへシュート。シュートを打ったら、『ポスト組』の列の最後尾につく。パスを返す役立った場合は、その逆。これを繰り返す。試合前にゴールネットを思いきり揺らしておくことは、精神的にいいことなんだそうだ。何でもゴールへのイメージができる……? とかで。迷信のような気もするが、たしかに、この時間はゴールへ向かってシュートを打っているチームが多い。ピッチのもう半面でボールを蹴っているエルフシュリットも、同じようなことをやっている。まぁ、ゴールマウスにキーパーを立たせないというのは、うちぐらいなのかもしれないけど。
 キーパーがいないから、枠に入っていれば、どんなシュートでもゴールに吸い込まれる。こうして試合前の儀式が執り行われる。
 伊沢は、頃合いを見て練習を打ち切り、ピッチの外でメンバーを集めた。
「じゃあ、キーパーじゃんけんしましょう」
 試合前のミーティングで最も重要なのが、この『キーパーじゃんけん』だ。意味はそのまんま。じゃんけんでキーパーを決めるのだ。
 クロワッサンズには、本職のキーパーはいない。そして、中学生のころはキーパーをやっていたという充も含め、誰もやりたがらない。
 だって、ただ眺めているだけのことが多いじゃん。
 本職のキーパーが聞いたらお怒りになるだろうが、これがメンバー全員のキーパーに対する見方だ。
 走ることはフィールドプレイヤーに比べて少ないが、ただ眺めているだけなんてことは絶対ない。キーパーが最も重要なポジションだと言う人もいるぐらいだ。ディフェンダーに指示を出す役割だとか、相手フォワードとの駆け引きだとか、キーパーの醍醐味もあるに違いない。
 ま、キーパーやれと言われたら俺も嫌だけどね……だって、ただ眺めているだけのことが多いじゃん……。
 そんなことだから優勝できない? あぁ……そうかもね。認める。でも、俺たちみたいな草サッカーチームに、キーパー志望で入ってくるやつなんて少ないんじゃないか? いたとしたら、サッカー経験なしのド素人でもかなり重宝されるはず。草サッカーチームなんて、そんなものだ……って、あれ……?
 俺は、いつの間にか今回のキーパー決定戦に勝ち……ではなく、負け進んでしまっていた。

キーパーコーチ―高橋陽一短編集 (ジャンプコミックス)

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