第11話
翌日。仕事で行き詰っていた問題は、始業のチャイムが鳴ってから1時間後ぐらいにあっさり解決した。 念のために保存しておいた昨日の昼過ぎ時点でのソースが、実は結構いいところまで進んでいたことに気づき、これにちょいと手を加えたら対応完了。思いのほか、楽勝だった。 ここで昨日の夕方まで足踏みした自分の無能さ加減を呪いながらも、ホッと安堵のため息。席を立ち、休憩室へ足を運ぶ。自分へのご褒美として、コーラを注入してから作業を再開させる。ほんの少し空調を効かせている職場は、今日は暑くも寒くもない。 気が楽になったこともあり、午前の作業は恐いほど順調に進んだ。昼のチャイムが鳴る頃には、今担当している機能のコーディングがだいたい完了。あと少しデータ更新部分に手を加えればいいだけだ。今朝解決した問題で、下手をしたら今日も丸1日つぶれるかも、と思っていたので、かなり得した気分。今は調子に乗っている状態だ。俺はあと10分ほど、ノートPCに向き合うことにした。 昼休みになると、人の出入りが多くなり、職場の雰囲気もほぐれた感じとなる。今日の昼飯は何にする、どこで食べる。この時間帯になれば、どこでも生じるであろう会話も聞こえ始め、空腹感に気づかされる。嗚呼、健康的で文化的な、最低限度とはほど遠い腹の調子。やばい、おかげでいまいち集中できねぇぞ。 「え、マジで!?」 職場にどでかい声が轟いたのは、そんな時だった。昼休みとはいえ、社内ではかなりレアな出来事だった。フロアにいる社員全員の視線が一点に集中する。声の主は、申し訳なさそうに頭を下げた。 「何がマジなんですか?」 もう仕事への集中力などクソ食らえだった。俺は、大石と同期の彼、田川に聞いてみる。すると、隣にいた大石がさらりと「俺、来月結婚するんだわ」と応えた。 俺は「え、結婚?」と聞き返していた。 「そうだよ。別におかしくねぇだろ? 俺、今年29だぜ」 まぁ、たしかに。実は院卒の大石である。入社5年目となれば、そういう計算となる。まさにお年頃だ。というか、2コ下の俺も多分、ね。ただ、俺にはそのイベントの主役となる覚悟が足りないようで、『結婚』という単語を聞いても、いまいちピンと来なかった。 「おめでとうございます。式はいつ挙げるんですか?」 「再来月初めの日曜日だよ」 「結婚式では、何か面白いことやったりするんですか?」 余計なこととは思いながらも聞いてしまう。俺はまだまだお子ちゃまだった。 「バカ、そんなのあるわけねぇだろ」 「えー、お笑い好きの大石さんらしくないなぁ」 「お前、社長と佐野部長も来るんだぜ。それに、相手方のご家族だっている。下手なことできるわけねぇじゃん」 そう言った大石は、真面目な目になっていた。 俺は「そうですね」とだけ返す。これ以上軽口を叩いてはならないことぐらい容易に理解できた。
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