中小IT企業のSEが、会社とサッカーチームと恋人との時間を行き来する、日常世界を描いた小説です

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第01話

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 空をつかみ取ることなど簡単だ。
 手を掲げて握り締めれば、ほら、できた。全部とはいかないけど、これでいいじゃん。
 今朝も月5000円の駐車場に、いつものように愛車のジムニーを停めた俺は、車から降りて背伸びをした。腕時計に目を向けてみる。いつもより少し早く目が覚めたから、いつもより少し早く家を出た。おかげで、会社の始業時間には、まだかなり余裕がある。近くのコンビニで缶コーヒーでも買ってきて、軽くまったりすることもできそうだ。まぁ、120円がもったいないからしないけど。
 俺は、ジムニーの狭い後部座席のほうに何となく目を向けてみた。
 ここにはサッカーボールを積んでいる。日曜日の昨日も、所属しているサッカーチームの仲間と一緒に蹴ったこのボール。時間もあるし、暇つぶしにじゃれてみたくなる。だが、出社前にスーツを汚す訳にはいかない。以上の理由で却下。
 そんなわけで、俺は会社に向かって歩き始めた。いつもどおりの街中を、いつもどおりの速さで。会社には早く着いてしまうが、ま、いいだろ、早い分には。
 俺は、地元の某無名中小IT企業の社員だ。勤めて2年目。一応、若手社員になるのかな。でも、3年間のプータロー時代があったから、今年で27。四捨五入したら30歳、決してもう若くはない。おかげさまで、実は昨日の試合の疲れがたっぷり残っていて、体のケアを考える必要性も感じている今日この頃だったりする。だけど、休みの翌日に疲れたなんて言っていられない。とっくに学生時代は終わったのだから。自由が許される時間は過ぎ、今はもう、サラリーマンなのだから。歩いている俺を、何人もの高校生が自転車で軽々と追い抜いていく。
 会社に到着した。駅前に立地する本社ビル。従業員80人ほどの会社のビルは、大手百貨店が隣接しているせいで全然目立たない存在となっている。
 玄関の自動ドアのガラスに映る、俺のスーツ姿。さて、今日も普通の1日が始まる。俺は自分の席がある3階へと向かった。

はじめての中古ジムニー選び (メディアパルムック)

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